私が40年以上合気道を修行する中で出会った『言の葉』や菅沼守人先生から教わった『言の葉』を紹介させていただきます。
皆さんの合気道や日常生活で生かしていただければ幸いです。
- 合気道の精神 出典:植芝盛平翁
- 吾勝・正勝・勝速日 出典:植芝盛平翁
- 『敵多勢 我をかこみて攻むるとも・・・』 出典:植芝盛平翁 道歌
- 『蔵・修・息・遊』 出典:礼記
- 『至誠通天』 出典:孟子
- 『勝ちの上・中・下』 出典:孫子
- 『雲水悠々』 出典:禅語
- 『対すれば相和す・・・』 出典:鬼一法眼
- 『三 学』 出典:佐藤一斎『言志晩録』
- 『徳は孤ならず・・・』 出典:孔子『論語』
- 『之を知る者は・・・』 出典:孔子『論語』
- 『簡潔は知恵の・・・』 出典:シェイクスピア『ハムレット』
- 『他人と過去は変えられないが・・・』 出典:精神科医 エリック・バーン
- 『千日の稽古をもって鍛とし・・・』 出典:宮本武蔵
- 『四 耐』 出典:清代の政治家 曾國藩(そこくはん)
- 『一以貫之』 出典:孔子『論語』
- 『天の時は地の利に如かず、地の利は人の和に如かず』 出典:孟子
合気道の精神 出典:植芝盛平翁
合気とは天地の心をもって我が心とし、
万有愛護の大精神をもって自己の使命を完遂することであり、
武技はそれに至る単なる道しるべに過ぎない。
開祖・植芝盛平翁が残してくれたこの合気道の精神を、合気道の道統を継ぐ者として、日々忘れることなく、日常および合気道の稽古を送っていきたいものです。
吾勝・正勝・勝速日 出典:植芝盛平翁
吾勝・正勝・勝速日 (あがつ・まさかつ・かつはやひ)
この言葉も、開祖・植芝盛平翁が残してくれた合気道で目指すべき精神を表しています。柔道の創始者:加納治五郎は柔道の目指すところを『精力善用 自他共栄』としましたが、合気道の道統を継ぐ者は、常に自分自身を厳しく律して、卑怯なことをすることなく正々堂々と勝つことを目指して、日常および合気道の稽古を送っていきたいものです。
『敵多勢 我をかこみて攻むるとも・・・』 出典:植芝盛平翁 道歌
敵多勢 我をかこみて攻むるとも 一人の敵と思ひたたかへ
日常生活や仕事上で複数のやるべき事が発生した場合、優先順位を考えることも忘れ、戸惑ってしまうことがあります。生粋の武人であった植芝盛平翁は、『一時一事』で一つずつ片づけていくことの大切さを教えてくれています。
また植芝盛平翁は『合気道は、○(まる)に十(じゅう)じゃ』とおっしゃられていました。『○(まる)』はこの宇宙全体のこと、『十(じゅう)』は時間軸と位置軸の交わる点、合気道の極意は、この場所でこの瞬間に全身全霊で立ち向かうことであることも教えてくれています。
『蔵・修・息・遊』 出典:礼記
蔵・修・息・遊
この言葉は、習い事の修行の段階を示す言葉で、剣道でよく使われる『守・破・離』よりも、合気道の修行を言い表すのにより適切な言葉だと思います。
蔵:技術をわが身に蓄えること。(~弐段)
修:技術を理解し、自分のものとすること(参段)
息:技術を息をするように行えること(四段)
遊:技術を遊ぶようにより自由自在に行えること(五段以上)
参考までに、自分なりに求められる段位を記載しましたが、皆さん、武道の高みである『遊』の心境を目指して日々の鍛錬を続けましょう。
『至誠通天』 出典:孟子
至誠 天に通ず
この言葉は護国神社の祭礼の際に、神社の幟に記されていたりしますが、吉田松陰が好んで使われた『孟子』出典の言葉です。 誠の心(思いやりの心)を持っていれば、その思いは必ず天に通じるものだという意味です。 合気道を行う場合、相手の体をお借りして稽古をさせていただいているので、相手に対して常に誠の心(思いやりの心)を持つことが大切です。
『勝ちの上・中・下』 出典:孫子
戦って勝つは勝ちの下なり。
勝って戦うは勝ちの中なり。
戦わず勝つは勝ちの上なり。
<戦って勝つ>は、勝つか?負けるか?わからない状態で戦い、結果として勝った場合が『勝ちの下』。<勝って戦う>は、勝つのが分かっていて戦う場合が『勝ちの中』。<戦わず勝つ>のが相手との遺恨も残さず、理想的な勝ち方であり、合気道の目指す勝ち方です。
『雲水悠々』 出典:禅語
雲水悠々
行雲流水
合気道は『動く禅』とも称されます。雲や水はいろいろな障害物があっても無心に流れていきます。合気道の動きも相手に無心に即応し、千変万化させながら執着しないことが大切です。
『雲水』は禅寺の修行僧のことも意味しており、この『行雲流水』から由来しています。
『対すれば相和す・・・』 出典:鬼一法眼
来る者は迎え、去る者は送る、対すれば相和す
一九の十、二八の十、五五の十
大は方処を絶し、細は微塵に入る
活殺自在
翁先生(開祖)が戦前に合気道の極意を教える際に引用された言葉です。
鬼一法眼(きいちほうげん)は、伝説上の人物で、源義経の武道の師であったと伝えられています。
『対すれば相和す』は、相手に対した時には相手と一体となる意識が大切との意です。
興味のある方は、その他の意味は笹垣まで尋ねてみてください。
『三 学』 出典:佐藤一斎『言志晩録』
少(わか)くして学べば壮にして為すあり。
壮にして学べば老いて衰へず。
老いて学べば死して朽ちず。
壮年になると日常生活に追われて、学ぶことを忘れてしまう方が多くなっていきます。そのうち、だんだんと志まで失ってしまいます。合気道の稽古をする時だけでも自らの志を思い出したいものです。
『徳は孤ならず・・・』 出典:孔子『論語』
徳は孤ならず、必らず隣(となり)あり。
<良いことを行なっている人は孤立することがない。きっとそれを支えてくれる人が現われる。>という意味。日常生活・会社生活の中で厳しい状況に置かれたときに、勇気や希望を与えてくれるパワーワードです。その時支えてくれた人を大切にしていくことも忘れたくないものです。
『之を知る者は・・・』 出典:孔子『論語』
之を知る者は之を好む者に如かず。
之を好む者は之を楽しむ者に如かず
「好きこそものの上手なれ」という諺があります。
どれだけ経験を積んで知識をたくさん得ても、義務としてやっていたり、仕事と割り切ってやっているのでは、伸びに限界があります。好きでたまらなくて、自然と心から楽しんでやる人は、努力が苦にならないので、ますます熱心に打ち込むようになり、ますますレベルが高くなり、いつしかその道の名人、達人と呼ばれる人になります。
当道場で合気道を稽古する方には、心から楽しんで稽古をしてほしいものです。
『簡潔は知恵の・・・』 出典:シェイクスピア『ハムレット』
簡潔は智慧の妙諦なり。
合気道の技を行う場合、複雑な技だとまだまだ完成度が低い技術で、できるだけシンプルに手数をかけず使用できる技術が実践的な理想の技です。日常生活でも、できるだけシンプルに考え、具体的に行動することが大切です。
『他人と過去は変えられないが・・・』 出典:精神科医 エリック・バーン
他人と過去は変えられないが、自分と未来は変えられる。
私たちは常に他人に不平・不満を感じたり、過去を後悔しがちです。自らが変われば、他人も変わるかもしれませんし、未来すら変わるかもしれません。まずは自分が少しでも前向きに進んでいきたいものです。
合気道でも、動こうとしない相手を自分の腕の力で無理に動かすのではなく、自分自身が足を使って動けば、動かなかった相手が自然に動いてしまうこともあります。動かない相手を無理に動かすのではなく、率先垂範でまずは自らが動いてみましょう。
『千日の稽古をもって鍛とし・・・』 出典:宮本武蔵
千日の稽古をもって鍛とし、万日の稽古をもって錬とする。
皆さんは『鍛錬』という言葉を軽々しく使うことが多いかもしれませんが、宮本武蔵は3年毎日稽古をして『鍛』、30年毎日稽古をして『錬』に値すると言葉を残しています。 私もやっと最近この『錬』に値する稽古状態に到達しましたが、この『錬』の心境でこそ、合気道での『気づき』も多くなったように思います。 皆さんにも稽古を通して、多くの『気づき』があってほしいものです。
『四 耐』 出典:清代の政治家 曾國藩(そこくはん)
四耐とは、事を成すために、耐えるべき4つの事を、述べた戒めの言葉です。
耐冷(冷に耐え-孤独や周囲の冷たさに耐え)
耐苦(苦に耐え-苦しさに耐え)
耐煩(煩に耐え-忙しさ、わずらわしさの連続に耐え)
耐閑(閑に耐え-閑職に追われた場合も、それに耐え)
日常生活や会社生活を送るためには、この四耐が必要となってくる場面も多々あります。
人も竹のように、耐え忍ぶ強さを身につけ、困難にも毅然と耐え抜く本当の強さを、身につけたいものです。
『一以貫之』 出典:孔子『論語』
<一を以って之を貫く>は、論語の孔子の言葉と言われています。 今の言葉で言うと<私の道は一つのことで貫かれている>。 孔子の弟子がその「一つ」とは『忠恕(ちゅうじょ)』であり、すなわち『まごころ』と『思いやり』であると説明しています。
私の行う合気道も、『まごころ』と『思いやり』にあふれてほしいものです。
『天の時は地の利に如かず、地の利は人の和に如かず』 出典:孟子
天の時は地の利に如かず、地の利は人の和に如かず
<好機は地理的有利さに及ばず、地理的有利さは人の和にはかなわない>という意味で、組織論的にも事をなすには人の和が第一であるということです。 合気道は相手の体をお借りして技術の修練・心身の鍛錬を行い、円満な人柄になることを目的としています。 このためにも合気道の同友の方たちとの和合も大切にしていきたいものですし、人間関係を構築することで合気道での気づきや進歩が大きくなるものと考えます。